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zoom RSS 寂しい、新朝日ビルの消滅。

<<   作成日時 : 2008/04/01 13:39   >>

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 3月末をもって、中之島地下街と

 中之島リーガグランドホテルが営業終了。

 この秋には国内でも有数のホールとして名高いフェスティバルホールもなくなり

 大阪市北区中之島の新朝日ビル一帯は、09年春の解体に向けて

 完全に鼓動を停止することになります。

 新朝日ビルが完成したのは1958年とのこと。

 今年で50周年になるのだそうです。

 今から15年前にはすでに中之島一帯で最も歴史有るビルとの誉れがあり

 震災の際には、周囲と比べて新朝日ビルのガラスだけが異様なまでに割れまくり

 皮肉にも、その歴史がクローズアップされたものです。

 しかし個人的には、28年前に社会人となり

 最初の赴任地としてやってきた大阪の会社事務所が

 新朝日ビルの12階にあり、それが最初にして最大の接点となりました。

 生まれて初めて広告会社らしい仕事をしたのが

 マンションパンフレット用のフェスティバルホール内での写真撮影でした。

 背の高く美しいモデルの女性と話などをして、

 どきどきしたことを今でもはっきり覚えています。

 また、クレジットカードが一般的ではない時代に、若い私にとって

 グランドホテルは数少ないツケのきく場所でした。

 毎年6月と12月の賞与時期になると、ホテルの経理担当の人に電話を入れて

 束になった請求書を眺めながら、精算を済ませたものです。

 ホテル内の「竹葉亭」は、お気に入りの店でしたし、

 なにより、中二階のメインバー「フォースル」は、

 若い頃から今に至るまで、大好きな場所として

 活用させてもらいました。

 新朝日ビルは、中之島地下街、テナントビル、グランドホテル、

 そして、フェスティバルホールの複合ビルです。

 因みに、若い頃、一番感心したのは、

 ホテルとしては使いにくいグランドホテルの13階部分を

 新朝日ビル事務所として活用していることがわかった時でした。

 新朝日ビルの13階事務所だけ、ホテル側フロアの

 12階、14階に挟まれている格好です。

 グランドホテルの客はもちろん、外観からは決してばれないのが

 作り手が胸を張る、最高の工夫だったのだと想像します。

 そんな思い出深い新朝日ビルが、と、言うより新朝日の複合ビル一帯が

 今秋には、すべてなくなってしまいます。

 2013年には新しいビルが建つのだそうです。

 その頃、私はすでに56才。気がつけば、定年退職まであと一歩。

 若い日に眺めた新鮮な風景が、いつの間にか風化して

 人とともに新たな世代に交代していくのでしょう。

 寂しさは募りますが、それもまた、人生なのですね。



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